Best New Film

最新の劇場公開作品の短評を点数式でレビュー。Strangerのスタッフが作品の感想をスピーディにお届けします。作品鑑賞のガイドとしてご活用ください。

    • リコリス・ピザ

    • 製作年:2021年
      監督:ポール・トーマス・アンダーソン

前評判どおりの作品で今年を代表する1本だ。この奇妙で愛おしい作品で目を引かれるのが、クーパー・ホフマン演じる主人公のどこかもの悲しい表情。それこそこの作品のテーマじゃないかと思えるほど印象的である。このもの悲しさの正体は一体何か。それは、子供という存在のやるせなさだ。
相米慎二監督の『お引越し』という名作の中で、主人公の少女が哀願するように言うこんな台詞がある。「私、早く大人になるから」。この台詞のためにこの作品があったのではないかと思うほど心を動かされる名台詞だろう。ここでも、精神的にも知性的にもすでに大人と同等にみえるにもかかわらず、それでも子供であるがために為す術を持たない、そんなやるせない子供の姿が描かれていた。
アラナ・ハイムがすぐにホフマンと恋人関係にならないのは、このホフマンが漂わす子供のやるせなさから自分も逃れたいためではないか。そんな風にも思えてならない。その証拠に、彼女が惹かれる相手の多くは年上のすでにやるせなさを卒業した大人の男たちだ。彼女がふと「15歳の子供たちといつも一緒にいるって、変かしら」とつぶやくとき、この修辞疑問に答えはなかった。15歳の子供たちといつも一緒にいることが変だとして、なぜ変なのか、私たちは誰も答えを知らないのだ。
作品の舞台になった70年代といえば、アメリカがいわば若者(60年代)から大人(80年代)へと成長を遂げようとしていた時期。80年代を先取りしたようなビジネス狂いの現代っ子ホフマンと、理想に燃える60年代の政治の季節をまだ少し引きずるハイムが、70年代という端境期にいまここにある幸福に向かって手を取り合うまでを描いたのがこの『リコリス・ピザ』という作品だとすると、その特異な舞台設定にもかかわらずこれほど普遍的な何かを感じる理由は、子供のやるせなさを描いたからに他ならない。すでに社会人となっているハイムが、あれほど成功しているにもかかわらずどこか無力感をたたえるホフマンを愛おしいと思うとき、そこには子供のやるせなさと人間の本来の存在の心細さがオーバーラップして見えているのではないか。警察に連行されて打ちひしがれ呆然となるホフマンを気丈に救い出そうとする時のハイムのあの異様ともいえる熱意が、実のところ無力で孤独なホフマンにもう一度向かったのが、あの幸福なラストシーンなのではないか。この奇妙な物語のなんとも言い難い魅力について、まだまだ言い表せない。

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